ただの流行?「HSP」の私が思うこと。

こんにちは、キャリアコンサルタント三上です。

 

◆HSPはただのトレンド?

ハイリー・センシティブ・パーソン(音や光に敏感で繊細な人といった詳しい説明は割愛)。

この言葉、5年前くらいから急速に出てきた印象です。

10年前くらい前?から「LBGT」や「ADHD」という言葉が広く認知・浸透したように、社会や時代のニーズや機運とメディア戦略で一気に広っまったと感じます。

(当然、HSPをビジネスのネタに流行りに便乗して一儲けを考える輩や、大企業を煽るメディアは罪深いのでここでは論外。)

 

とある精神科医の先生が、

「HSPという言葉の一人歩きに困惑している」ことを臨床現場の視点からツイートされていてなるほどなぁ~って思いました(リンク)。

 

・kagshun/EMANON@精神科医さま

https://twitter.com/kagshuntravel/status/1275017927339601922?s=20

※HSPは、精神医学ではなく心理学領域の概念で病気や障害ではなく、その人の資質・特性の1つ(左利きや血液型占いみたいなもの)

 

え~ヒドイ。

私はHSP資質でこんなに苦しんできたのにバッサリぶった切るなんて。

HSPはただの流行で自意識過剰と言われるとちょっと悲しいってかショック…!

なんて(直感的に)思いました。

 

しかし、先生はそんな主張ではなく逆に、1つのカテゴリにくくることでスティグマを生む(社会的地位を落とす)リスクがあるとHSPさん達を心配していました。

 

◆カテゴライズしたとたんに生まれる偏見

そこで、HSP発信側(当事者)と、聞く側(受け手視点)に分けて考えてみます。

・発信側(当事者)

 世の中に知られていない特性は認知してもらうことで社会的地位を向上させられるかも。

なぜなら、人は知らないことに恐怖を覚えそのことが差別・偏見を生むリスクがあるから。

 

・受信側(聞く視点)

「こんなに辛い理解して!」と言われてもみんな苦しいし価値観押し付けられてるって感じがして何かイヤ。

(そもそもそれに興味・関心がない)

自分の地位や価値観を脅かされるのが怖いから見なかったことにしてフタしよう。

 

この、「ただの性格特性をわざわざ線引きしてカテゴリーにくくる」行為が、逆に社会的地位を落として自分の首をしめないかと私も考えました。

 

しかし、自身の主張・表現すら封じられてしまうのは、

「はじめからこの世に存在していないもの」として扱われることと同じと私は考えるので、やはり広く世間様に自身の特性を知ってもらうことは重要だと思います。

 

だから、理解や共感こそすれ、「まず認知」してもらうってめちゃ大事かなと(国籍もジェンダーも障害も何もかも)。

 

◆多様性=まず知ろうとする行動

自分の知識や経験に無いことを「怖い」と感じてフタをして、タチ悪いと敵視することが差別や偏見の根源や温床となる可能性がある。

 

だとすればやはり、病気ではないけどHSPという性格特性をまず知ってもらい、その先は受け手の価値観や判断に任せる(もちろん受け入れられないことも覚悟で)。

その上で、HSP=自分は繊細な弱者というレッテルを貼らずカテゴリーにくくらない方が心理的にフェアだと考えました。

 

とはいえ、自分が身を置く分野領域以外の理論や概念、価値観に無いものは「世の中にないもの」として全く知ろうと努力しない人とは「残念!さようなら~」ですよね。

 

多様性=未知を知ろうとする一人ひとりの継続的な努力なのだから。

 

◆けど、誰も助けてくれない前提に立つ

しかしながら、自分が理解してもらえないことを人や社会のせいにした時点で終わりとも考えています。

もし、運良く受け入れてもらえたとしても、差し伸べてくれたその手を本当に握り返していいのかという見極めも大事。

 

不幸を嘆いても状況は変わらないし、自分の人生を誰かが救って幸せにしてくれることも無いので、

「誰にも助けてもらえない前提」で外部に期待せず自責で生きた方が、自分らしいオリジナルストーリーを描けると考えました。

 

HSP特性ならではの生き苦しさはあるけれど、

いつの日か「へぇ、左利きなんだ」とか「O型だんだね~」と当たり前になる日まで、共に助け合って乗り越えましょう。

 

 

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