一橋大学アウティング事件で考える「社会を生き抜く個の力」

一橋大学アウティング事件で考える「社会を生き抜く個の力」
こんにちは、キャリアコンサルタント三上です。
一橋大学アウティング事件から5年、遺族が大学を訴えた控訴審の判決が先日出ました。
東京新聞
(11/25記事参照)
この件ではなく「組織と個の関係性」という観点から考えます。
◆組織は個を守らない社会を生きる私たち
大学生も社会人にも言えるのですが、基本的に組織というものは個人を守ることはありません。
組織とは共通目標を達成するために便宜的に組成されたチームに過ぎないので、個をいちいち尊重していると統制が取れなくなり、看板が傷つき、信用を失うからです。
社会の縮図である組織とは本来そういう不条理なものであり理屈は通用しない。
もちろん、自分達に非があることなんて企業も大学も(国も)絶対に認めません。
それを踏まえ、学生も社会人も
「(社会は)誰も手を差し伸べてくれない前提に立つ」
ことから自分のストーリーが始まる。
◆けれど「強くなれ」って言われると苦しい
しかしながら個として生きる、例えばフリーランスとして独立や事業経営などはハードル高いですし精神的・経済的に不安定。
結果、平成から30年以上経った今でも公務員や大手・有名企業といった「巨大組織」への就職希望者が圧倒的に人気。
それでも私は組織に肌が合わずに独立しましたが、キャリアに悩んでいる人に軽々しく「独立しましょう」とは言えない。
私自身も同様、みんなそんなに強くないからです。
まして、人によっては心や体が弱っている時に何の補償もない中で「強く生きろ」と言われることが超苦痛なので、
「本人がしたいようにすればいい」と思います。
◆しなやかに生きる知恵と工夫を
私は、日本教育独特の集団・同質性が超苦手で気づいた頃にはHSP(光や音に超敏感)で、社会に出たら巨大ピラミッド組織の論理に耐えられずパニック障害になりましたが、自分を「社会的弱者」であると考えたことはありません。
被害者意識で自分自身を差別したくないし、自ら積極的に「こっち(弱者)側の人」と線引きしていませんし、そもそも人間には上下も優劣も無い。
差別や偏見に屈せず強くなって武装するのは自分ぽくない。
まして、社会が弱者に手を差し伸べてくれるという期待も違う。
そう考えた結果、どんな境遇や立場であれ、
『自分が選び取った人生をしなやかに生きる知恵と工夫で、酸いも甘いも存分に味わってやろう』。
一個人としてあらためてそう誓うのでした。
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