「ガチで評価」するのやめませんか?

こんにちは、代々木キャリアセンター アドバイザーの三上です。
■「期待」を押しつけちゃう消費者
Amazonや食べログの弊害だと思うのですが、提供された商品やサービスに対して社交辞令抜きに「ガチ」で評価する人がここ数年ですごく増えたなぁと思います。
出品者として私は、常に全力で手抜きせずに一所懸命アウトプットしている自負があるので、「評価は(してもしなくても)勝手にどうぞ」というスタンスです。また、商品やサービスに対して感想や評価をすることは、品質改善や向上につながるので否定しませんが、平然と「期待以下でした」ってコメントできちゃう人の感覚ってすごい引きます。
「何かに期待する」行為はストレスを生むのは明らかですよね。
にもかかわらず、「人や物事に期待し、その結果を☆の数とコメントで評価する」って構造に矛盾を感じてしまう。
そして、昨今この行き過ぎた「評価至上主義」により売る側買う側にも弊害が出ているなぁと感じています。
■根も葉もない評価に振り回される売主
対価に応じた価値を提供することは当然です。しかし、上記のように「裏切られた!」と恨み節で書き込むことは違うかなと。
現に、食べログやらAmazonの根も葉もない口コミや酷評によりマーケットを自由に放任し過ぎた結果、限界が生じてませんか?ある程度規制は必要だと私は思います。
市場の原理で物事なんでもうまくいくわけがない。詐欺コメも生まれるし、ガセ書き込みも生まれる。
なんでもかんでも自由は、さすがに行き過ぎで崩壊します。
■「評価至上主義」で被害者意識が強くなる消費者
例えば、買ったりんごが多少腐ってても、料理の味や提供スピードがいまいちでも、届いた商品が微妙でも、「ありゃ、ついてないわ~笑」で済ませた方が健全というか機嫌よく生きていけると思うんですよね。
(いや、りんごはレシート持って返品しに行くかもしれまんが笑)。
「消費者の評価は100%正しい」みたいな誤った価値観が浸透すると、期待以下だった時に本人(消費者)はもちろん相手(出品者)も傷つくし、怒るし、なんか悲しい。もちろん、嘘、詐欺、騙すつもりで騙す、手抜きは論外ですけれど。
そもそも「自分が勝手に抱いた期待」を評価に反映させるって自己責任じゃなく他責・他罰的な気がしませんか?期待って自分の価値観の押しつけそのものだなって。
サービスリクエストのような改善可能で前向きな提案なら分かりますが、クレームとかマイナス評価って、怒りや悲しみ、憤りといった「恨み節」にしか見えないんですよね…。
そのようなわけで、「自分が被害者」になる生き方は人相(顔つき)がゆがむ気がするので私はしません。
■もう「ガチ評価」やめない?という提案
そこで、商品やサービスはもちろん、世の中すべてに「過度な期待」するのはもうやめませんか?
ということを提案します。
世の中矛盾だらけなわけだから、過度な期待や基準に満たなかったら怒り感情=低評価ってすごく上からだなと。
人それぞれ価値観や基準が違うのだから、自分の(勝手に抱いた)期待は裏切られるものと思っていた方がいい。
それでも評価グセが止められなかったら、「実名顔入り」で消費者も評価される仕組みつくるとか。
匿名だから、好き勝手評価したがると思うので、どこに所属しているだれだれですくらいは出した方がフェアだと思います。
けど、相互評価社会なんてもっと窮屈ですよね…。
■「ありがとう(そして永遠にさようなら)」でよくない?
本音と建前や、社交辞令文化って私、素晴らしいと思っています。誰も傷つけない、ぎすぎすしない。
期待以下だったら評価しないで黙って去るか、☆5つ付けたうえで「ありがとうございました(そして二度と利用しません)」でよくないですか?
愛していたのに裏切られた!って私は言いたくありません、信じた自分を否定することになるので笑。
自分が選んだ道、決めた人、買った商品やサービス(詐欺や不良品は置いといて)はすべて信じたいし、肯定したい。
正解がないからこそ、選んだを正解にする考え方でストレス抱えず生きていたいです。

 

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