· 

意外!?就活スターの入社後ストーリー  

 

話すのが得意ではなく、どちらかと言うとうまく自分の考えや思いを表現するのが苦手。

 

そんな方は少なくないと思います。

 

◆あの学生すげ〜神スペック!のその後

学歴も高く、話しも上手で表現力の高い、いわゆる面接のスターは一定数存在します。

 

 

面接のスターを横になって見たときに、自分と比べてしまって自分は彼・彼女より見劣りしているな。エピソードで全然負けているな、と思うこともあるでしょう。

 

集団面接で横並びに座った瞬間から、彼・彼女だけ目の輝きが違う。

採用のプロではない現場社員である一次、二次の面接官は、そんな学生にコロッと落とされ通過していきます。

 

人事面接や役員面接になっても、彼・彼女の面接スキルはいかんなく発揮されます。なぜなら、彼・彼女たち面接のスターは、

「相手の望むコンピテンシー(企業が求める能力)に完全に当て込んで自身を売り込む術を知っているから」です。

 

参考

神スペックの「選ばれし者たち」は存在するのか?

 

コミュニケーションスキルが高く、求める能力も備えており、入社後にも成果を上げる再現性の高い人材だと見込んだ人事部長や役員は、彼・彼女が魅力に感じ、内定を出します。

 

ここまではハッピーエンドに見えますが、肝心なのはその後なのです。

どんなに面接スキルの高い神スペック人材だったとしても、自分を偽ったり背伸びしたりして自分を「等身大より良く見せて」入社した場合、あとあと大概の人材は苦労します。

 

◆食品メーカーなのに物流子会社へ?!

仮に、自分の所属する大学からは、その超人気大手食品メーカーからは過去10年、あるいは一度も内定・採用実績が無かったとします。

そんな中で、久しぶりの内定を得た神スペックの面接スキルが高いAさんは、人生のピークを迎えます。同輩からはスゴイすごいともてはやされ、後輩からも憧れの存在となる。

 

学内で開催される「内定者報告会」でも大トリを飾りました。

 

その一年後Aさんは、本社ではなく子会社の物流センターに配属となりました。食品メーカーの本社で企画や開発をしたかった。100歩譲っても小売店相手に営業活動をしたかったのに、実際には同じ形のダンボールを並べ、積み上げ、コンベアーに流していく。

 

そう、Aさんは「こんなはずではなかった」と嘆きます。モチベーションも高まりません。周りは大卒の方が少ない位で、工場でのラインにおける製造・品質管理や倉庫管理業務や配送業務を行うなんて全く想定していなかった。

 

◆幸せなキャリアと不幸なキャリア

ここまでみると、Aさんはまるで想定外の業務に携わっているわけですし、本人もこんなはずじゃなかったと口走っているわけですから、どちらかと言うと「不幸なキャリア」に見えます。

 

しかし、果たしてそうでしょうか。

 

もし、本社中枢機能であり、花形部門である「食品の企画・開発・マーケティング部門」に新卒から配属されたとします。Aさんにとってはやりたい仕事そのものですし、これ以上幸せなことはありません。

 

多忙な業務も全く苦にならずに、目を輝かせながら仕事にやりがいを感じて励むでしょうか。そうでしょうか。

 

ここに、意外性が潜んでいます。

 

初めから、第1希望の部署・部門に配属されるということは、その後のキャリア、例えば30歳や40歳になった時に、地方の営業支社に配属されたり、全く畑違いのグループ会社へ配転されたりする可能性があります。

 

苦労は若いうちにという言い伝えは、あながち間違いでも無いようです。

 

20代という、思考や行動に柔軟性のある若いうちに理不尽な経験や予期せぬ出来事を経験しておいた方が、揺れても折れない柳のように心の軸や信念も、太いのだけれども、風にも負けない柔軟性が構築されます。

 

花形部門で20代を過ごしてどっぷり満足に浸った後に、30歳にして物流子会社に配転される事は、心の信念や軸がぶれぶれで、かつその軸そのものが細くて硬いものですから、予期せぬ配置転換で「ポキっと」折れてしまいます。

 

そのようなデメリットを考えると、Aさんが最初に新卒で配属された物流子会社は、不幸なキャリアでは無いのかも知れません。

 

◆相対的に実力が上の人に囲まれる苦痛

それから、願いが初めから叶う幸せなキャリアには、もう1つの盲点があります。

 

それが、

「周りが超高学歴のハイスペック人材だらけ」という苦痛です。

 

Aさんが、新卒から本社の企画開発部門に配属されて、30歳を過ぎて配置転換されてしまうメンタリティの危うさは先ほどお伝えしました。

 

そして、もう1つが、その企画開発部門には、基本的には旧帝大と呼ばれる東大や京大と言った超高学歴のハイスペック人材しか居ないという事です。彼らも、彼らの人生の中で、あらゆる周りの人達にマウンティングされてきました。

 

例えば、東大や京大だからと言ってもそこには厳然と序列があります。

灘中や筑駒出身者で、小さい頃から神童と言われ東大の成績上位5%に入る人達と、早慶では上位5%だったけれど、受かったから東大に入って、東大の中の下位5%にいる人達には心理的にも実力的にも雲泥の差が生まれます。

 

そんな中で生き抜いてきた彼らの中に、早慶でもGMARCHでも無いAさんが、突然そのハイスペック部署に放り込まれた場合、Aさんは仕事に、会話に、ついていけるでしょうか。

 

・今までなに学んできたの?

 

・そんなこともできないの?

 

・中学からやり直したら?

 

心がすり減る言葉を連打・殴打を受け続け、仕事の難易度にも全くついていけずに、ブラックな仕事ばかり押し付けられて、Aさんはすっかり1年前の輝かしい内定を得た日々を忘れ、自信を失ってしまう。

 

これはフィクションですが、どの企業にも、誰にでも起こり得る事です。節目節目に訪れる、急転直下の配置転換よりも、もしかしたらこの方がダメージが大きいかも知れません。

 

我々は、「実力以上の会社に入るキャリア」の是非を投げかけています。

 

参考

実力以上の会社に入ってしまうのは不幸なのか?

 

結論的には、

「相対的に優秀なポジションを目指す」という企業選び」を推奨しています。 

 

それでも、高い給料、ネームバリュー、社会的評価などで満足し、世間が認めていて羨望を受けられるから大企業に入りたがる人が後を絶ちません。

 

面接のスターは、あくまで面接のスターであって、入社後に活躍できるのかは全く別で、切り離して考えるべきです。

 

採用したけれど、全く使えないな。

 

なんて思われるのは、悔しいですし、悲しいです。やはり、ある程度は期待されて入社したいですし、大切に育てられたいじゃないですか。

 

そのような意味でも、面接では、無理せず、等身大で、本当の自分の良さも悪い点も全てさらけ出すということが大事なのです。

 

人生は長いです。

 

 

今、背伸びして実力以上に入れる神スペックな面接のスターも、いつかボロが出ますし、ずっと背伸びしたまま仕事なんてとても勤まりません。

 

自分らしく、相対的に優位な立場で働ける会社に巡り合ってください。