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夢は叶うという教えは正しいか

少し前ですが、吉本新喜劇座長でお笑い芸人の小藪さんが、「夢は絶対に叶わない!」とアメトーークで発言して話題になりました。 

 

参考

https://matome.naver.jp/m/odai/2139558078819992401

 

 

◆「夢は叶う」を教える議論の前に

この「夢は叶わない」と子供に教えることについて、どう考えるか意見が分かれるところでネットでも瞬発的に話題になりました。

 

小藪さんの言う通り、全ての人の夢は叶う事はなく、叶っている人はごく僅かで、圧倒的な努力や周りの人の支えがあって挑戦してきた結果なのだと思います。

 

そして、小藪さんの言いたい事は、

通り一遍に「夢は叶う、だからがんばろう」と教えるのではなく、夢を叶えるためには色んな苦労やリスクがある。だから、きちんと計画し、目標を立て、準備して、圧倒的に努力し勝ち上がる事が大事なんだよと、周りの大人が教える必要があるということでした。激しく同意です。 

 

ただ、そもそも「夢」が無くても楽しく満足して生きていける人もいるわけですから、夢が叶う・叶わないの議論の前に、全員がなんらかの夢を持たなければならないという考えは違うと思います。

誰がどう生きようとその人の自由ですからね。

 

 

◆「夢は叶う」論のデメリット3

さて、結論的には、未来を担う子供達には

「夢は叶う、だから頑張ろう」と応援したいです。

 

しかし、この教え方には多くのリスクがあります。その中でもかなり痛手なのが3つ。

 

 

1.ありのままでいいという個が育つ

 

2.適切な努力の手法が分からず方向性を間違える

 

3.叶わない事が分かったら時すでに遅し

 

1のありのままでの個が育つというのは、「夢は念ずれば叶う」という言葉だけ切り取ってしまうと、なんの努力もしないでそのままの自分でいいんだ、という考えに陥る可能性があるということです。

 

別に、努力をしなければならないと言いたいわけではありませんが、「夢を叶える」ためには、現状を変える必要があり、それには努力や苦労が伴います。それなのに、夢を見ているだけに安住してしまい、いつまで経っても現状のままでは、間違った方向性どころかなんの進歩もありませんし、自己正当化という歪んだ個性が育つリスクがあると考えます。変わりたいなら、ありのままではいけません。本当に変わりたいのなら。

 

2の適切な努力の手法が分からず方向性を間違えるについてですが、本当は陸上競技で開花するのに水泳を選択してしまったり、公務員が向いているのに何年もかけて司法試験にチャレンジしたり、という類です。

 

取り組むそのものの選択もそうですし、選択してからの練習方法や勉強方法が適切ではないと、無駄な努力を重ねて時間だけ浪費してしまうというリスクがあります。どこかで誰かが教えてあげないと、最も貴重な時間だけが過ぎていく。

 

3の叶わなかった時には多大な時間が経過している件について。これは、間違った種類のスポーツや学問を選択し、それに没頭して努力しても全く伸びずに、それでも努力し続ければ夢は叶うと信じて突き進んでいたら30歳を過ぎていた、というパターンです。

 

プロの転職アドバイザー目線で言わせていただくと、全く無知の状態から未経験でトライできる業界は、30歳になると相当狭まります。誰かがどこかで軌道修正をかけたり、叶わなかった場合のタイムリミットを設定したりしないと、人生で最大の価値とも言える時間を浪費してしまうことになるというリスクです。

 

しかし、これらの行動が決して「無駄」とは思いませんし、そのような意味で警鐘を鳴らしているつもりもありません。

 

そんな事を言ってしまえば、人生こそ究極の無駄な時間であり暇つぶしという考え方も出来るわけですから、その分野で開花せずとも、本人が楽しく笑った過ごせていればその道が正解です。

 

逆説的には、後悔だけはしてほしくないので、「先人達の反省や失敗から学ぶ」ことはとても大切です。

 

参考

あぁ後悔!パイセン達の就活反省つれづれ

 

 

◆正論や本音が正しいという事の危うさ

かと言って、「夢は絶対に叶わない!」と教えることがよいのかというと、私はそうは思いません。

 

確かに、プロ野球選手やプロサッカー選手として世界的に活躍する人は1000人に1人かそれより少ないかも知れません。

 

宇宙飛行士や世界的なピアニスト、トップアイドルになれる人も、ひと握りでしょう。

 

そのように、「確率論的、統計学的にほとんどの人が叶わないものが夢だから、夢なんて追いかけないで現実見ろ」と教えることが正論のように聞こえます。聞こえますが、正論や本音が正しいという前提に違和感があります。

 

人が育ち成長していく中で、色んな人と出会い、影響を受け、自分で考えて将来を描く。その過程において、小さな頃から親や周りの人に「夢はほとんど叶わない」と教えられてきていたら、モチベーションの源泉が無くなってしまい、生きていて心がワクワクしたり楽しくなったり目を輝かせて努力したりする機会を奪うことになるのではと危惧します。

 

叶わない可能性=現実であり正論を伝える事が正しいという前提が、間違いかも知れないという自己の考えに疑いの目、監視の心を持っていないと、正論や本音が当然子供に教えるべき正しい事と自己正当化してしまいます。

 

私は、

叶わない可能性を伝えるよりも、夢は叶うという前提で、適切な努力の方法を教えてあげるメンターや指導者に出会う必要があると考えています。

 

そして、適切な努力の手法・方法を教えてくれるメンターや指導者に出会い、彼らから適切な方向性、つまり自分の強みや良さを引き出してくれる、その方向へ導いてくれる人に出会うためには、やはり大前提には「夢は叶う、だから頑張ろう」という心の拠り所=モチベーションの源泉が必要だと思うのです。

 

そのように夢は叶うんだという強い信念のもと、自主・自立性に基づいて真剣に悩み、考えて行動を起こしていく中で、適切な努力や方向性を示してくれる指導者・メンターに知り合える「チャンス」を引き寄せるのだと思うのです。

 

 

◆就活も転職も同じ。信じない人には叶わない

まとめますと、以下2点です。

 

1.夢は叶わないと教えられたらメンターに出会う行動機会すら奪う

 

2.夢は叶わないと思っている人には100%叶わないから

 

特に2つ目なのですが、

 

自分は東大に入れる

 

自分は三菱商事に入れる

 

自分は転職で成功する

 

と、まず自分の心に念じ、その信念や目標を設定しなければ、叶うものも叶わないです。

 

しゃべり続けて舞台に立ち続けなければお笑い芸人にはなれないし、マイクを握り続けなければ歌手にはなれない。

 

夢を叶える人に対して、頑張ろうと思って努力しようと思っている人に対して

 

「夢は叶うよ、頑張れ」と言う人の無責任さと、

「夢なんて叶うわけないじゃん」と言う人の無責任さは

 

同列に同罪だと私は考えます。

 

しかし、同列に同罪であったとしても、

「夢は適切な方法で努力すれば実現に近づけることができる。だから一緒に頑張ろう」

 

と、言って共に考えて並走してくれるメンターやカウンセラー、指導者がいれば心強いです。

そして、夢は叶うといい続けて育てた方が、人を信じ、社会の可能性を信じ、自分を信じる事ができる大人に育つと信じています。

 

同じ無責任なのであれば、夢は叶わないと言い放つよりは、現実の厳しさを教えた上で、適切な努力の方法を寄り添いながらアドバイスできる人間でありたい。

そして、

自分を信じ、人や社会を信じ、夢を実現しようと懸命に努力する人を育てたいと思っています。

 

最初から諦めていたら、それこそ絶対に叶いません。

 

絶対に就活を成功させる。

 

絶対に転職を成功させる。

 

そのような強い信念と夢を持っているのであれば、いつでも相談してください。

 

きれいごとと言われても、無責任と言われても、建前だと言われても、私はいい続けます。

 

夢は適切な努力と方向性次第で叶います、絶対に諦めないでください。