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『野村證券第2事業法人部』から社風を読み取る

 

今月出版され(20172月)、話題となっている

『野村證券第2事業法人部』横尾宣政

という本があります。

野村證券第2事業法人部 [単行本]

横尾 宣政

講談社

2017-02-22



 

著者は、バブル前後の、証券業界の規制がまだ厳しくない時代に、個人営業、法人営業、商品企画といった様々な部署で活躍し、20年の野村證券でのキャリアを経て、独立後、オリンパスの粉飾事件に巻き込まれていきます。その詳細を臨場感あふれる筆力で書いています。

 

当時の野村證券の営業スタイル、ブラックな働き方、顧客への営業トークが赤裸々に描かれており、証券会社を受ける方には必読と思われます。

金融用語や商品説明もされており、それなりに知識もつく内容です。

 

さて、当ブログは、書籍紹介でも書評でもありません。

あくまでも就職活動・転職活動の方へ情報を届けるのが目的ですので、その趣旨にそって、書きたいと思います。

 

◆当時の野村證券のハードさ

当時、横尾氏の同期は167名いたとされます。そのうち、69名が1年以内に退社したそうです。約4割が退社ということですが、横尾氏は約40年前の1978年に京都大学を卒業し、野村證券に入社しています。

いまほど転職がしやすい時代ではなかったことを考えると、この離職率は相当高いと言わざるをえません。

 

では、そのような企業で、なぜ横尾氏は活躍できたのでしょうか?

 

◆社風と合っていたことだけは間違いない

この書籍の中から、社風とマッチしていただろう箇所を抜粋してみました。

 

・私は、なぜすぐに辞めなかったのだろう。それは良くも悪くも野村イズムと称される独特の団体意識に、私が馴染んだからに他ならない。
 

・もう一つは「稼げば何でも許される」という、横並び意識の強い日本社会では珍しい野村の企業風土に、私自身がマッチしていたことだ。

・上司の言うことを聞かない型破りの私にとって、結果主義の野村の社風は一番フィットしていた。結果を厳しく求められたが、真剣に戦ってそれを達成すれば、若くても権限を与えてくれる、極めて自由闊達な社風だった。

・結果を出す社員に好き放題を許してくれる会社としても、野村以上の会社はなかっただろう。銀行やメーカーに入っても私は日本的な組織に馴染めず、どうしようもないサラリーマンになっていたことだろう。 

 

本書では、野村證券のノルマの過酷さ、数字至上主義が何度も紹介されますが、これはどの部署にいっても同じのようです。

上司や同僚が変わっても企業風土は変わりません。だとするならば、企業風土=社風と自分がマッチしているかどうかは重要であると思われます。

 

著者は、これらのハードルを尋常ならざる努力と創意工夫のセンスで突破し続けるわけですが、世の中の営業マン全員ができるとはとても思えません。

 

そして、金融商品(株や債券など)を扱う以上、顧客へ利益貢献できることもあれば、逆に損害を与えてしまうこともあるのが、証券会社のビジネスです。

 

横尾氏は、20代前半に、個人に対して数億円の損害を与えてしまったエピソードも披露していますが、その後、大活躍をしたとしても、こういうことをサラッと書ける人は一握りでしょう。

このエピソードからも、プロの証券マンとして、商取引をある意味冷めた感覚、割り切っていることがうかがわれます。

 

最終的には顧客が契約したからしょうがないと割り切れる、こういった胆力は金融サービスをする営業マンにとって必要な資質ともいえますが、それを感じることができるエピソードです。

 

著者は、個人営業や地方の法人営業を経て、27歳の若さで「第2事業法人部」(通称、事法)という、都心部の上場企業を担当するエリート部署に配属されます。当時は、社長になるのは、すべて事法出身者だったそうです。

 

また抜粋します。
 

・事法は着任する前には栄転と言われるが、成果を出せなかったり、問題を起こしたりして放出される場合は容赦なかった。会社に競争意識を煽られているので、いつ後ろから弾が飛んでくるか分からない、恐ろしい部署でもあった。

 

野村證券は、「エリートであるから」「過去の実績が素晴らしいから」といって甘やかさない体質の企業であることがうかがえます。

 

なお、横尾氏は自身の報酬についても触れています。

給料は、入社10年目で年収1000万円前後、20年目で年収約2500万円であったと書いています。
※当時のレート

(相当に活躍された方ですので、平均的な賃金ではないとは思われます)

 

しかし、書籍の内容だけ読み取ると、とてもこの賃金では割に合わないと思われます。詳細は割愛しますが、それだけハードに働いているのが何度も書かれています。
(ほとんどの方は「引く」と思います) 

 

他にも様々なエピソードが出てきますが、横尾氏が活躍できた要素として、以下のような個人の資質が読み取れます。

 

・圧倒的な記憶力(ディテールが細かく記憶している。詳細に事実を把握できる)

・数字への強さ(営業としてただ売るだけではなく、新たな金融商品を自分なりに理解する分析力に長けている)

・無類のハードワーカー(仕事の質を高めるために粘り強く取り組む)

・論理的に考え、正しいことは黙っていられない強気な性格(上司や社長であっても、言いにくいことを物おじせずに言う性格)

 

これらの性格は、証券マンとして顧客や周囲に信頼される資質でもあるのでしょう。

 

時代は変わりましたが、21世紀になっても野村證券は、初めて名刺交換した取引先に対して、筆でお礼状をしたためるような営業スタイルでした。

これは、証券会社全てにいえることではありません。

やはり独特の営業スタイルといっていいでしょう。

 

かつて、リクルートと野村證券出身者は、転職市場で引っ張りだこと言われました。
(現在も一定の評価を得られています)

これは、これらの企業における新規顧客の開拓力、顧客フォロー、顧客への提案力、営業効率の高さが優れているからに他なりません。

 

入社後でも、活躍できる人とそうでない人が明確に分かれてしまうシビアな世界ですが、うまくマッチした場合は、横尾氏のように活躍できる人がいるのも事実です。

以上みてきたように、
自分の持つ性格が応募先の業界や企業と馴染むかは、大事なポイントですので、この部分は大いに悩んで就活や転職活動するようにしてください。

どこで戦うかは、どう戦うかよりもよっぽど重要なキャリア戦略なのです。